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2019’06.17・Mon

イクメン?

平日の公休日はとても嬉しい。
普段できないあれやこれやをまとめてやっちゃう!
本屋で先日逝かれた田辺聖子さんの文庫を買ったり、気になっていたお店でランチをしたり、録画を消化したり。
一人きりの基調で優雅な時間。

だけども。

この間から気になっていたことを、もやもやしたままにしておくのも嫌なんで、書きますね。
これも、平日ならではのこと。

ツィッターのTLではワンオペ家事育児に励むママさんたちの、悲鳴や呪詛が流れてくる。
もちろん、「つぶやき」なんだから、愚痴を垂れ流していい。それが全てでは全然全くない。
でも、この間ある父子づれを見たとき、なんだかとても複雑な気分になったのです。

朝の通勤途中駅から歩いていると、向こうから交差点を渡ろうとする、3歳くらいの可愛い双子を連れた若い父親を見かけた。(子供がパパと呼んでいたので父親に間違いない)
渡ろうとする道は信号がないので、車からしたらいい抜け道になっていて、車通りが激しい。歩道もない。道の端にラインが引かれているだけでそのラインもとても幅が狭い。
そして道の先には保育園がある。そんなところに保育園があるのが都会の悲しいところだ。
ともあれその父子づれ。

若い父親は自転車に乗っていて、その後ろを双子がちょこちょこついてくる。
本来なら微笑ましい場面かもしれないが、ここは信号のない交差点である。私がハラハラしながら見ていると、パパは自転車に乗って自分だけ先に渡ってしまい、渡ってから自転車を止めて振り向き
「早くきなさい」と子どもちゃんに声をかけた。
(ありえんやろ)
その時点で私は即座に心の中でこの父親を斬って捨てた。
双子ちゃんはパパを追いかけようと、オロオロしながら道を斜め横断しようとする。
向こうから来た車が微妙な距離で迫っている。
私は走って道を渡った。そして「車来るから待っときや」と言って道を渡ろうとしかけた双子ちゃんの前に立ちはだかった。
車道を背にして、壁と私との間に双子ちゃんを挟む形にして。
道は細い。歩道はない。車は来る。他に選択肢はない。
別に私は自分お命を危険に晒したわけではない。そこまでヒーローじゃないです。
私は大人だから、目視で距離感は測れる。私が間に入っても車との間は50センチはあったろうと思う。けど、3才の子に距離感の判断はできないし、目線も違う。
大人なら大丈夫でも、子どもなら危険だったと思ってしただけだ。
可愛い双子ちゃんは、大人しく知らないおばさんの言うことを聞いてくれた。
私の背後を車が二台通り過ぎた。流石にそれほどスピードは出てないが、もし双子ちゃんが転んだら危なかったかもしれなかった。それほど危うい状態だったのだ。
車が行きすぎてから、私は双子ちゃんに道を渡らせた。
向こうから自転車に乗ったままの父親が私に「すみません」と言った。
私は(お前のためじゃねーよ!目の前で子どもが車にはねられるのを見たくなかっただけじゃい!)と思ったけど、表面は「いいえ」と言ってしまい、通勤の道に戻った。
で、後で後悔。
もっと若い父親に怒ってやればよかった。

自分はチャリに乗ったまま、信号のない交差点横断してんじゃねーよ!
バーロー!

自転車には補助椅子はなかった。
推察するに、この父親は普段子供を保育所に送迎しない人なんだろう。
きっといつもはママがやっていて、ママの自転車には二台の補助椅子がついているはずだ。
そして、車の多い信号のない交差点を子供連れで渡ったことがない。
でなけりゃ、あんなマネができる訳が無い。

あの痛ましい大津の事故もまだ記憶に新しいのに。
保育所の先生たちは、自分を盾にして子どもを守るのに。
なんやねん、お前は!

イクメンなんて言葉は嫌いだ。
育児は両親で行って当たり前だ。保育所の送迎だってそうだ。
たまにしかできないんだったら、もっと心を配るべきだ。
もし、目の前で子供が二人車に轢かれたら、この父親はどうするつもりだったんだろう。
そのことを考えてしばらく気分が悪かった。

もしまた見かけたら今度こそ注意してやると心に誓った。






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昨日はSASのライブに行ってきました。
妹夫婦と一緒です。
SASのライブは1015年にO阪であったから4年ぶりです。
その時はくじ運がよく、アリーナの前列から4列目で大迫力だったのですが、今回はスタンドの2回席の後ろの方だったので、ちと残念。
ですが、桑田さんやメンバーさんのサービス精神は相変わらずで、3時間ぶっ通しで楽しめました。
全員が還暦を過ぎているとは思えないくらいの、エネルギッシュなパフォーマンスでした。

年齢がバレてしましますが、SASがデビューしたのは私が中学生の頃。
当時大人気だったベストテン番組のスポットライトで初めて彼らを見たんです。
黒柳さんの声とともに、今でもよく覚えていますね。鮮烈な印象のバンドでした。
でも正直、歌詞が何を行っているのか???でしたが、今までにない人たちだなぁってことはわかりました。
当時の私は、さだまさしさんが大好きで、抒情的なメロディや歌詞が好みだったので、SASのデビュー曲から数曲続いたポップな曲調は楽しくても、惹かれはしなかったのですが何曲目だったか、「いとしのエリー」は聞き惚れてしまいました。

それから40年経つんだなぁ。
今の日本でファンでなくても、SASの曲を全く知らない人はいないだろうと言うくらい、SASは国民的バンドだと思う。
一曲全部は歌えなくても、サビの部分は知ってると言う人が全人口の80%くらいはいそうだ。
80歳を過ぎた母でも、そうなんだから。
姪っ子や甥っ子はSASには興味ないとは言うが、それでも耳に馴染んだ曲は多いらしい。
ライブ会場もほとんどはおじさんおばさん世代だったけど、すごい幅広い年齢層がいた。
こんなバンドは、なかなかない。
何回かの休止期間はあっても、40年間ずっと、第一線で活躍しているバンドは日本には少ないんじゃないかな?
オフコースも、甲斐バンドも、チューリップももうないし。
スターダストレビューくらいかな?(よく知らない)
ソロではまだまだ偉大なシンガーがいらっしゃいますが。

ライブでは懐かしい曲も、最近の曲も、知ってる曲も、マニア向けな曲も色々散りばめられていた。
ポップも、バラードも、えっちいも、そしてロックンロールも。
印象に残ったのは「昭和」だ。
桑田さんは、新しいものを上手に取り入れて、それをうまく作品に昇華できる天才だけど、彼の中には昭和への懐古も十分に存在している。
彼らを生んだ時代だものな。日本がまだ元気だった頃の。
そんなちょっとノスタルジーをも織り込んだ、素晴らしいライブだった。

終わってからぞろぞろ歩いて買える時、妹の夫が「サラリーマンならとっくに定年やのに、60すぎてあんなんやられたら、俺ももっと頑張らんと、と思うなぁ」
と言った言葉が印象的だった。

たくさんの名曲があるSAS。
私は、今回の演目にはなかったけど、「栞のテーマ」が大好きです。
皆さんはどんな曲が好きですか?


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2019’05.19・Sun

生まれた街。

私の住んでいるところは大阪市の南部で、いわゆる下町なんですが、静かな住宅街でとても住みやすいところです。
駅もたくさんあって便利なのに、学校も公園もいっぱいあって、少し足を伸ばせば繁華街もあって、遠くに行かなくてもなんでも事足りる。
古くからの商店街や長屋もまだ残っていて、寂れている部分もあるのですが、新しいお店ができたり、有志が地元を盛り上げるイベントをやったりしています。
残念なのは本屋さんが全部潰れてしまったところでしょうか。
時代の流れとはいえ、それは寂しいです。

昨日は大きな公園にバラを見に行きました。
バラも芍薬もヒナゲシも山盛りに咲いていて、新しくカフェもできていて、すごく楽しかった。
子どもの頃からある博物館も何回見ても楽しいし勉強になる。
小さな神社もお寺も、めっちゃやっすいスーパーもみんな好き。

確かに昔のままではない。
長屋の後にマンションができて、チンチン電車は高速道路に変わった。
古い駅は高架になって、学校はとても綺麗だ。
人の入れ替わりも激しく、昔からの友達ももう少ない。
でもそれは田舎だって同じこと。
変化に文句を言うつもりはない。

だけど、この街から離れない。
両親が住むこの街で、卒後した学校があるこの街で、私はずっと暮らしていく。

たまに押し寄せる郷土愛の記事でした。


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2019’05.06・Mon

平成から令和へのGW

前の記事があんまりダメダメな内容だったんで、今年のGWの総括をばざっくりと。
今年は特別なGW。
年号を跨ぐ!

27日は美容院に行って、走って
28日はランチとパフェ行って、走って
29日は走って、地元のお祭りでめっちゃ買い食いして買い物して、足が痛くなった。
30日はC国行って、お高めのランチを食べて
1日は妹と町家ランチして
2日は友達と町家ランチして
3日は家人と町家ランチして、自転車買って、猫カフェデビューして
4日は家人と人気のラーメン店行って、散歩しつつマイナーなスーパーで楽しんで
5日は買い物して
今日は買い物して、母の日イベントで母にマカロン渡しておかゆさんをいただいた。

ええやん、めっちゃ充実してるやん。
明日から頑張らなあかんやん、頑張れるかな?
まぁ、1日がかりで仕事モードになります。
愚痴を吐くかもしれません。


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2019’04.30・Tue

平成最後の日

何も地球最後の日って訳でもないのですから、普段通りに過ごしておればよいのですけれども。
陛下も国民にそう願っておられるはずです。
TVもたくさんの振り返り番組が放映され、それなりに面白いです。

しかしまぁ、30年。
短くない年月ですよね。
私らBlood+ファンなどは、その年月に非常に思い入れがある訳ですが。

悲しい哉、私はかなりの年齢なので昭和から平成に変わる瞬間は既に働いておりました。
昭和天皇の病に日本中が自粛ムードで年を越し、崩御された折は休日となってTVはずっとその中継をしていて、レンタルビデオ店が繁盛したというエピソードがありましたね。
ええ、覚えております。
私の生まれた昭和はこうして終わりました。

そして平成。
1度目の転勤。
最後の恋愛を経て結婚。
二人の祖母が亡くなり、2度の引越し。
そして、今でも尾をひく2度の病気と手術。骨折をはじめ、怪我もいくつか。
妹の結婚、姪っ子甥っ子の誕生と成人。
間に3、4、5度目の転勤、家を建てて3度目の引越し。
父の交通事故(今は元気です)。
夫のリストラと再就職。
順番はいささか不同ですが、個人的にはこんな変遷がありました。
特筆すべきはPCを使うことで、世界が広がり、二次創作を始め、サイト開設を経て(現在閲覧できませんが)オリジナル創作活動を始め、ついには書籍を出版できたことでしょうか。
私という人言の根っこはあまり変わらないけれど、価値観・世界観、広角度になったかと思います。
若さや体力など、失ったものの代わりに、経験と知識。忍耐強さなど得たものもたくさんあります。
死病を二回も経験したことで、人生観も大きく変わりました。
短所はあまり治ってはおりませんが。
ええ、私の人生の充実期の30年は、平成という時代がほぼ被っています。

時代的には我が国は戦争こそしなかったけれど、世界的にはたくさんの戦争やテロが繰り広げられた。
国内も大小無数の災害や、事件がおきました。
ノーベル賞受賞やオリンピックのメダルなど、いいことも沢山あったはずなのですが、それ以上に痛ましい、苦しいことが多かったような気がしています。

で、最近40年以降の昭和を追い求めている私もいる。
長屋を眺め、古い文献や写真を集め、昔の道や鉄道の痕跡を辿る。両親を慈しむ。
自分の時代は古くなるほど、美化されていくのでしょうね。

そしてあと数時間で来たる令和の時代。
どうなるのかなんて、全然わからない。
多分この国はゆっくり下降線を辿るのではないかと、なんとなく感じておりますが、一方で期待と希望もあり。
できれば安らかな時代とならんことを強く思うのです。

ともあれ、私の大切なお客様。
こんな私ですが、どうぞ令和時代もよろしくお願いいたします。

文野さと




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